朝の6時半から誘発を始めたその日は、
朝から何もできない状態でした。
ベッド上安静でした。
見るものといえば、
自分の陣痛計と
赤ちゃんが生きているという証拠の心音しかありませんでした。
ただ、
処置室のすぐ後ろはすごくガチャガチャしていて、
「あ、また一人入った。」
「出産してるな。」
という感じは分かりました。
ここまできたら早く会いたいという気持ちでいっぱいでした。
生まれてからは頑張ってって言わないから、
今頑張って出てきて欲しい、
と願っていました。
でも、
正直、
この時もまだ、
子どもが生まれた後の自分を想像できでいませんでした。
不安とかじゃなくて、
全く想像のつかない時間がこれから始まるんだなとだけ思いました
主人の方はというと、
会社に
「嫁さんが双子を妊娠していて。」
と話すと、
約一年の単身赴任で終わり、
4月からまた大阪に戻ってくることができ、
お産にも駆けつけることができました。
主人は
「今週もダメだろう。」
と思っていたようで、
午後3時半まで仕事をしていました。
手術が決まった午後3時半に病院から電話すると、
手術の準備が終わるころには病院について、
側にいてくれていました。
医師から
これで産まれなかったら帝王切開しないとかなと言われた時に、
会いたい気持ちが募り、
会うためだったら帝王切開でもいいかなと思えていました。
1週目も2週目もやることはやったので悔いはないと思っていました。
2週目が終わった時に、
次も生まれなかったら帝王切開と宣告されて、
1週間かけて帝王切開かもと考え始めたこともありますが、
それよりも何よりも体がとてもしんどくなっていったんですよ。
血小板も減ってきて、
腎臓も悪くなってきて、
血圧も高い、
体も横向きでしか寝れない、
腰も痛い、
むくみもひどくなり、
足を上げないと眠れず、
体を平にして眠ることもできませんでした。
医師はもう体の限界がきているねと言っていました。
自分を維持するのが限界でした。