2日目は
「母乳でやりたいの?
ミルクでやりたいの?
混合でやりたいの?」
と聞いてくる人がやってきました(恐らくラクテーションコンサルタント)。
「混合でやりたいです。
でも母乳もあげたいです。」
と伝えると、
授乳のやり方を教えてくれました。
その他には出生証明書を持ってくる人がいたり、
「これにサインして!」
と何かの書類を持ってくる人がいたり、
ひっきりなしにやってきました。
その中で赤ちゃんのお世話もしなければなりませんでした。
でも、
私はほとんど動けなかったので、
横でミルクを夫が赤ちゃんにひたすらあげていました。
最初のおむつ替えも私が動けないので、
夫がしてくれました。
動けないというのは痛みが強かったからで、
寝ているのが一番楽でした。
少しでも動こうものなら激痛で、
ご飯が置かれても体を起こせないので、
ベッドごと移動させて食べるというような状況でした。
何か手元に欲しい時も
誰かに頼まないと自分で取ることはできませんでした。
私の入院は3泊4日でした。
家に帰ってからは、
母親がきてくれていたのが本当にありがたかったです。
母がほとんどの家事を行なってくれました。
ご飯を作りにきてくれていたような感じです。
日本の病院だったら母乳のこと、
母乳のあげ方とか、
おっぱいをマッサージしてくれたり、
どれくらいの間隔で授乳をした方が良いのかなど
親身になって教えてもらえたと思うのですが、
アメリカの病院では
そういったことを入院中に教わることがほぼ無いので、
赤ちゃんのこともよく分からない、
自分の体のこともよく分からない、
とにかく赤ちゃんには飲ませなければならないと一生懸命授乳をしていました。
入院中からおっぱいが急に張りだして、
パンパンになり、
とにかく痛い。
でも搾っても出なくて、
母親がホットタオルを当ててマッサージをしてくれました。
母は
「日本だったら普通はこういうことは
病院でやってくれるんだけどね。」
なんて言っていました。
母は看護師でもなく普通の主婦なのですが、
「私はアメリカに乳を搾りにきただけの人ですか?」
と冗談混じりに言って、
毎日マッサージしてくれました。
その甲斐があってなのか、
赤ちゃんって1週間のうちに体重が減るじゃないですか、
でもうちの子は増えていたのです。
母親も毎日マッサージしてくれたし、
私もとにかく頻繁におっぱいを飲ませていたからだと思います。
アメリカの医師には驚かれました。
母親がいなかったら、
このパンパンになった胸を
どうしたら良いのか分からなかったです。
本当に来てくれて良かったと思いました。
母乳担当の先生(ラクテーションコンサルタント)から電話をもらったのも
退院してから2、3日後でした。
電話をくれるまでが、
とにかくどうしたら良いのか分からない期間だったので、
もうちょっと早く連絡欲しかったな、
色々聞きたかったのになと思いました。
結局、
ほとんどのことを自分で調べて解決していました。