その後、
私の個室に移りました。
その日の夜くらいから
「なんだか背中だか腰だかが痛いぞ。」
と思い始め、
それ以降はどんどん痛くなりました。
もちろん痛み止めを使ってくれたのですが、
激痛でした。
点滴は退院直前までつながっていて、
点滴での痛み止めを最後まで使ってもらえました。
母児同室は出産直後から始まりました。
アメリカあるあるなのかもしれないのですが、
私が動けないからなのか、
看護師さんはいつも夫に厳しめでした。
入ってくるなり、
どの看護師さんも基本的に
「Hey! Daddy!
奥さんは今動けないんだから、
赤ちゃんのお世話はあんたが全部やるのよ。」
と呼び付け、
オムツの替え方や、
おくるみの巻き方などを丁寧に教えてくれました。
それがとても心強かったです。
Skin-to-skinは、
できる時はずっとしててくださいと言われて、
ほぼ常裸の状態で胸の上に赤ちゃんを抱いていました。
おっぱいも常に吸わせておけということで
常に吸わせていました。
授乳の指導は
巡回してくれている時は見てくれるのですが、
毎回ついてくれるわけではありませんでした。
わからなくなったら
「手伝ってください。」
と呼ぶ感じでした。
でも、
正直、
傷が痛すぎて授乳には全然専念できませんでした。
当日の夜は夫婦ともに分からないことだらけで大変でした。
夫もギリギリだったと思います。
というのも夜中も先生たちが何度となく部屋にやってくるので休めないのです。
とても大事な話を夜中の3時くらいにされました。
母乳が出ない人のために集められたドナーミルクを使いたかったら
この書類にサインしてと言われたのです。
そんな時間に説明されたもんだから
私も夫も全然覚えていなくて、
後で手元に紙はあるけどこれは何の紙だっけ?となりました。
医療者もジムの人も眠りかけてるところにガチャっと入ってきて、
「休めてるー?」
とズカズカと入ってこられることもしばしばでした。
今ちょうど寝ようとしてたのに、、、
ということが多過ぎて、
早く家に帰りたいと思っていました。